テレビをつければ「大寒波がやってくる」というニュース。熱心に観ているわけではないが、なんとなく週末にかけて大寒波がやってくるという事実らしい情報が自然と頭に蓄積されていた。やはりそうだ。いつだって私の大事な予定は底冷えする日と重なる。人生のひとつの節目となる一連の手続きの締めくくりに京都へ向かう日が大寒波だ。
その予定の2日後にも京都で大切な予定がある。我が巨体をピストン輸送するのもJR・阪急電車達の負荷になると思い、えいやと京都に2連泊することにした。しかしお金はあまり使いたくない。なぜなら私は1週間前に1階が駐車場で2階が店舗になっているくら寿司の駐車場の柱に車をぶつけ、バックガラスを全割れさせた張本人だからである。まだその請求が来ておらず、怯えているのだ。この背筋の冷凍度合いは寒波のせいだけではないかもしれない。
それにどうやら今年はあまり動き回らないのが吉なよう。この事故のほか、1月2日にいきなり財布を紛失するなど今年に入って急速にドジっ子てへペロ化が著しいからだ。てへペロし過ぎて無口なのに舌の根まで乾いている。しばらくは車移動の回数を少し減らし、最小限の電車移動で暮らすのがいいだろう。

京都での手続きはその重要性に反比例して滞りなくというか、流れるようにあっけなく終わった。私の人生など数多ある人生のひとつに過ぎないと言われているような気がして、むしろ気が楽になったよ。まだチェックインの17時には早いので、香りを嗅ぎに薫習館に立ち寄ってから1泊目の宿「ファーストキャビン京都二条城」方面に歩を進める。

近くまで辿り着き、イズミヤに内蔵されているモスで仕事に励む。河原町・祇園方面は外国人旅行客の氾濫で歩くだけで疲弊してしまうが、こちらはまだ落ち着いていていいかもしれない。しかし一息ついてパソコンを取り出すや否や10人ほどのおばぁさん集団が現れ、私の隣の席を占拠した。テーブル幅より大きく開いていた足をキュッとたたむ。おばぁさんの巾着チックな鞄が顔の高さを通過する。もわっと立ち込める線香めいた枯れた香りに「京都だなぁ」と実感する。

宿は清潔感に溢れていて快適だ。イマイチだったらどうしようと連泊は避けたが、連泊でもよかったな。荷物を置いたらすぐに街へ繰り出す。近くにある「チャーミングチャーハン」か「丑屋よ平」でがっつく気満々だったが、腹に予定外のロースカツバーガーとオニポテが収まってしまい、気づけばやさしいものを食べたい気持ちになっていた。歩き回って直感で選んでもよいのだがもう結構疲れていたので、近くにめぼしい店がないかGoogle mapで当たりをつける。
見つけたのが「キュロット」。なんとおひとりさま専用の飲食店だという。いつもならなんだっておいしく食べるのだが、今日はもうやさしいもの以外は食べたくないという強い意志が芽生えていた。「やさしい」とはなんとも漠然とした基準ではあるのだが、おいしすぎない、お店過ぎないものが食べたい。口コミを覗いてみるとなんだかここは良さそうだ。「一見お店とは思えない外観」という点に「もしや気を衒った居心地の悪い店なのでは」という一抹の不安を覚えたが、なぜか直感的にきっとそうではないと思えた。今日はここしかないと思えてきて、ずんずん歩いていく。

確かにお店には見えない。ただ、擦りガラス越しに誰かがスプーンで何かを掬い、口に運んでいる影が見えた。表情こそわからないが、その影がどうも幸福そうなのだ。少し躊躇したが入店する。
靴箱があり、まるで家のよう。靴を脱いで一段上がり、ギシギシと床を軋ませながら2、3歩。さらに扉を開ける。床の軋む音、ガラガラと開く戸の音。1つひとつの動作で空気が震える感じが祖父母宅を彷彿させる。音や空気の振動の大きさから「でかいやつが入ってきた」と店員さんに察知されたに違いない。
中はなんだかとても不思議な空間である。1人用の席が背を向けるように6席ほどあり、床には無地の絨毯が敷かれていて薄暗い。テーブルや椅子がおしゃれなわけでもない。もう少しセンスばちばちのアイテムで取り揃えられているのかと思っていたが、そうではなくて拍子抜けする。とともに一気に落ち着いている自分がいることに気づいた。静謐を保たなければという緊張感はあまりなく、理由不明の居心地のよさを感じる。
店員さんからメニューを手渡され、しばし吟味。自分でも驚きではあるが、注文はボルシチ(1,600円)に決めた。やさしい味を求めていたはずなのに食べたことすらないメニューをチョイスするとは…。ほかにもカレーや塩焼きそば、おみそしるとごはんみたいな親しみのあるメニューもあったのに。キッチンからは生米を取り出す音、野菜を刻む音などが聴こえてくる。
ボルシチとバターライス(でいいのかな…)。紅白の2皿の潔さ。ボルシチのトップにちょこんと添えられたサワークリーム。そのビジュアルにぐっと心を掴まれる。ボルシチは濃い見た目に反して余計な味付けがされておらず、野菜はくたくたに煮込まれている。野菜本来の甘さが感じられ、ビーツってうまいものだなと知る。
薄暗くてよく見えないからこそ、口に含んでから認識される肉のご褒美感もいい。繊維がホロホロとほどけていく。今求めていた味にとても近い。バターライス(でよかったのか…)は芯がほどよく残っていて、食感が単調ではない。味が強過ぎず、塩味を感じる部分がまばらなので飽きがこない。ガツンとこないことも贅沢である。爆食が相場の我が旅の夜がこれほどおしとやかだったことはあるだろうか。不思議ととても満ち足りた気分だ。
※自分の食べたメニュー以外撮影はご遠慮くださいとのこと。ならばもう自分の食べたボルシチすら写真に残すのをやめた。ぜひ実際に足を運んで食べてみてください。ただし1人じゃないと入れないので要注意。
- 店名:キュロット
- 住所:京都府京都市中京区橋本町467 竹屋町油小路南西角
- 電話番号:不明
- 営業時間:月 17:00-21:00(LO20:00)火〜金 14:00-21:00(LO20:00)
- 定休日:土日
- 駐車場:無
- 支払い方法:現金のみ
新しい記事を書く励みになるので、もしよろしければ投げ銭で応援してください!
もちろん任意ですので、いくらでも無料で読んでください。もし人生が大きく変わるきっかけになった場合は、コメントつきで教えてくださるととってもうれしいです!